

シンプルで利便性に優れたオープンソースのプログラミング言語、「Ruby」。その開発者として、世界のプログラマに名を知られるまつもとゆきひろさんは、リナックスなどオープンソース技術を用いたシステム開発を主力事業とするシステム構築会社、ネットワーク応用通信研究所に勤務する。
他県の企業で本業のシステム開発の傍ら、Ruby開発をしていたまつもとさんが同所社長の招へいに応えた大きな理由は、「互いのベクトルがあっていたから」。Rubyは同社社内で認められ、開発専従というポストが用意され、売り上げにも貢献していく。
開発環境を整えるために、会社の配慮によって勤務時間はフレキシブル。そのため、午前中は家で、午後から出社するという日もある。通勤は約15分。束縛のない時間のなかで、自らのペースでパソコンに向かう。
調べ物、開発、原稿執筆、講演準備とやるべきことは山積ながら、毎日の暮らしの中で大切にしているヒトコマがある。家族で囲む朝と晩の食事だ。
「ここに引っ越してきたぐらいからかな、朝食は家族に一緒に食べようっていったんですよ」。育ち盛りの子ども達と囲むすごすひとときは、とかく仕事一辺倒になりがちな日々に、規則正しいリズムを運んでくれるという。
「理解のある会社で仕事ができ、住環境も理想的。ここは都市部に比べると住居費の負担も少なく、子どもの教育環境も満足していますよ」。
反面、講習会やシンポジウムが少ないなど都市部との格差が否めない。しかし、「週1の割合で東京に通っていますが、自宅から出雲空港まで車で20分で、飛行機で東京へは1時間。ひょっとすると首都圏に住んでいる皆さんより出勤がラクかもしれませんね」と、そう苦になるものでもないという。
「私の場合、ある意味、特別なことかもしれませんが環境さえ整えば仕事の場所は選ばない。インターネット経由で仕事はできますから。今後、技術の発達によって、多くの人が都市部から離れていても仕事ができる、そんな環境が整っていくと思いますよ」。
職環境と住環境ともにほぼ理想に近いというここ松江で、まつもとさんは一つの目標に向かっている。それは、生涯プログラマであり続けること。いくつになってもプログラミングを続けるまつもとさんの姿が、わが国で定説となっているプログラマ35歳定年説をも覆していくにちがいない。
(取材地:松江テルサ別館2階 松江オープンソースラボ)
93年、ソフトハウス勤務時代に「Ruby」の開発を始め、95年にフリーソフトとして公開。「Ruby」によって、世界に知られるようなる。
(株)ネットワーク応用通信研究所
基盤研究グループ 特別研究員
Ruby Association
理事長